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ざっきぶろぐ

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08/08/27 12:38 


大分交通「大分市内に「広告付きバス停留所上屋」供用開始!」

フォーラス前の停留所に工事のお知らせがあったと思ったらこれか。
フォーラス前は9月半ばに設置されるみたいです。

設置管理を行うエムシードゥコーのサイト
ちょうどトップページみたいなのが出来るらしい。
個人的には2つの上屋つなげてもっと長くしてほしいんだけど・・・狭いのよね。

Oita , Bus KARMA:140 WEBClap

08/06/25 21:26 
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Vol.1につづいてまさかの登場
夏服バージョンとかうぎぎ

あ、うち?
買っても飾れない環境なんで・・・(ノック無しで親が入ってくるぞ!)

Oita , Bus KARMA:160 WEBClap

08/04/11 22:52 
確実なソースから臼三線についてまとめなおしてみた

・三重は藩政時代から、府内よりも臼杵とのつながりが深かった。
・鉄道開通前までの一番重要な道は臼杵へ向かう「竹田・臼杵港道」(臼三線ルート)
 その次が大分へ向かう「市場・大分道」(豊肥線ルート)
・1883年 竹田・臼杵港道大改修(現在の臼三線ルートの原型)
・1921年 豊肥線三重町開業
 大分〜三重町間が10時間から「1時間半」に短縮され、物流の主流が大分方面へと変わる。
・臼杵の商人が「このままでは臼杵の町が寂れてしまう」と危惧、臼杵〜三重町間に鉄道を建設しようという運動が起こる。
・1922年 臼杵〜野津間で豊陽自動車が乗合自動車を運行開始(4往復)
・1928年 鉄道省が路線調査、改正鉄道敷設法別表に「大分県臼杵ヨリ三重ニ至ル鉄道」として臼三線が組み入れられる。
・しかし、調査の結果は「たとえ実現しても採算にあわない」などの理由で計画は流れる。
・それならバスでもいいから走らせてくれと引き続き運動を展開。
・1935年、運動が実り省営バス臼三線営業開始。

●開業後の動き
 1935.03.01 開業
 1938.09.XX 野津市駅開業(民家間借り)
 1944.04.XX 野津駅駅舎完成
 1952.03.31 野津駅業務を日本交通観光に委託
 1958.02.XX 王子線運行開始
 1959.11.01 三重病院経由便運行開始
 1961.03.24 鷲谷線、小倉木経由三重大野町線開通
 1963.07.XX 鷲谷線片内延長
 1966.03.XX 王子線廃止
 1966.04.XX 細枝線運行開始
 1974.09.XX 三重病院経由便運休(バス大型化のため)
 1978.09.XX 入北線運行開始
 1982.12.XX 野津駅駅舎新築
 1984.03.XX 下小坂・中小坂線運行開始
 1986.04.21 三重病院経由便運行再開
 1987.04.01 JR九州に引継ぎ
 1990.09.01 野津駅町営化
 (一部支線の廃止などあったはずですが詳細不明)
 2001.07.01 ジェイアール九州バスに引継ぎ
 2005.04.01 臼杵車庫→大分支店
 2007.03.31 廃止、臼津交通・大野交通に転換

※参考資料
「三重町誌」・「野津町誌」・野津地誌「きっちょむ史談」1、3号

Oita , Bus KARMA:169 WEBClap

08/04/08 23:46 


臼三線 (ジェイアール九州バス)
「路線の大部分を占める国道502号は、軽便鉄道敷設の為に買収された土地に建設されたものであり・・・」

国道502号
「改正鉄道敷設法別表に記載された「大分県臼杵ヨリ三重ニ至ル鉄道」を実現するため、軽便鉄道敷設用地の買収が進んでいたが、途中でバス路線への転換が決まり、そのまま道路へと転用された区間が大部分を占める。」

国道502号は軽便用地転用。臼三線を語る上でははずせないネタであり、自分自身もそーなのかーと普通に受け入れてしまっていたのですが。

よくよく考えてみるといろいろとおかしい。

で、気になって図書館で調べてみたんですが、この件、
三重町・野津町・臼杵市、どの史料にも全くかかれていません。

唯一といっていいのが三重町誌で、
・1921年三重町駅開業後に臼三線建設運動がおこった
・路線調査の結果は、採算が取れぬということで、計画は流れてしまった。
と書かれていました。
その後測量して買収始めたんじゃないのか?ということになりそうですが、1950年代に計画された三重町・日向長井線については実地測量がおこなわれた旨がきちんと書いてあるのですが、臼三線については何一つ書かれていません。

また、野津町誌の道路:臼杵野津・野津竹田線の項目を見ると、三重町〜臼杵間を明治16年頃に大改良したという記述はありますが、それ以外に特に軽便用地がどうのということは書かれていませんでした。
そもそも軽便の用地の買収が進められていたということについて何一つ書かれていませんし、交通:国鉄バスを見ても、バス運営開始後にその用地が転用された、ということは全く書かれていません。

要するに、これら史料から見る限り、「軽便は着工すらされていない」としか読めません。
少なくとも、「現国道は軽便鉄道敷設の為に買収された土地に建設されたものではない」ということはほぼ確実であり、国道502号は「藩政時代から臼杵への道であった竹田・臼杵港道由来の道」で間違いなさそうでう。

ただ、途中のトンネル(武山隧道?)が「鉄道規格だった」という話もあり、まだはっきりとはしません。
今後よく調べてみたいと思います。
#これも武山隧道が1883年開通の旧規格で、単にめちゃ狭かっただけ…だとすれば辻褄は合うんですが。
#大分県は100年クラスの隧道がごろごろしてます 寛永7年とかなんだ

Railway , Bus KARMA:153 WEBClap

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